メッセージ

ブログから礼拝メッセージをご紹介します

東小金井教会 説教要旨

東小金井教会の主日礼拝で語られた説教要旨です。

「2017年5月21日」

2017/05/21
「祈りの真実」             詩編62:1-2、マタイ6:5-8                          関 伸子 牧師   祈りに関することを多くの人が書いています。フォーサイスという英国の神学者が書いた『祈りの精神』という書物の中で、最もよく知られている言葉のひとつは、その冒頭に出てきます。「最悪の罪は祈らないことである」。フォーサイスは、この文章に続いて、こ...[続きを見る]

「2017年5月14日」

2017/05/14

5月14日 「あなたも神への道を知る」   ミカ書7:8-10、ヨハネ14:1-14                             関 伸子 牧師   ヨハネによる福音書第14章1節から14節までのみ言葉の内でおそらく最もよく知られているのは、6節の「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」というみ言葉だと思います。...

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「2017年5月7日」

2017/05/09

「死んでも生きる?」        イザヤ書40:18-31、ヨハネ11:17-27                             関 伸子 牧師   「さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に4日もたっていた」。今日与えられているみ言葉はそのように始まりますが、ギリシア語の原文を読み始めてみると「行って、イエスは見た、彼を」と書いてあります。「イエスはご...

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めぐみ教会boxy-diary 牧師の日記

東京・東大和市上北台 カンバーランド長老・ めぐみ教会牧師室より、荒瀬牧彦が発信

次の日曜は賑やかな日になりそうです

2017/05/24

次の日曜、5月28日は、いつにもまして賑やかな日曜になりそうです。 まず、朝10時半からの礼拝には、米国オクラホマ州エドマンド在住の、L.G.Parkhurstさんと息子のJonathanさん、娘の夫のBrianさん、その息子(L.G.さんの孫)のBenjamin君が来られます。L.G.さんは実に5回目の来日、そしてめぐみ教会出席。Jonathan君は2回目の来日・来会。Brian、B...

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すわってイーッス!

2017/05/10

Y長老の発案で、「教会の前に椅子を置きましょう」ということになりました。 M長老が自宅より持ってきて提供してくれた折り畳み式の木の椅子。Y長老が緑のペンキを塗って、このようになりました。 道行く人が、腰をおろして、ここで暫しの休息を得てくれたら、という思いで置きました。我々がひそかにつけた名前は「すわってイーッス」。 (さむっ!と言われそうですが。) 以前、教...

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説教要旨「先へ進んでいくために」

2017/05/01

2017年4月23日 めぐみ教会 召天者記念礼拝 「先へ進んでいくために」 荒瀬牧彦牧師 マタイによる福音書28章1-15節  東京新聞のコラムで、みうらひろこさんの「遅すぎた約束」という詩を知り、詩集を入手しました。この方は、福島・浪江に住んでおられたけれども原発事故の後は戻れなくなって、今は相馬在住という詩人です。津波の後、救助に向かったけれど原発事故のために引き揚げなければな...

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説教要約 – 田園教会

相模原市にあるキリスト教会のホームページです

2017.05.21説教「喜びの実を結ぼう」

2017/05/21
旧約聖書 エレミヤ書31章10~14節 新約聖書 ルカ福音書10章21~24節 「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、 […][続きを見る]

2017.05.14説教「愛の実を結ぼう」

2017/05/14
旧約聖書 エレミヤ書20章7~9節 新約聖書 ルカ福音書15章1~3節 「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛 […][続きを見る]

2017.05.07説教「神はあなたを愛しておられる」 伊能 悠貴 伝道師

2017/05/07
旧約聖書 創世記 3章 8~12節 新約聖書 ヨハネ福音書 3章16~21節 聖書に興味はあるのだけれど、とて […][続きを見る]

聖書が伝える福音のメッセージ

さがみ野教会の礼拝説教や祈祷会の聖書の学びなどを掲載します。 さがみ野教会のホームページはhttp://sagamino.orgです。こちらもぜひご訪問ください。

詩編第71編「母の胎内から、白髪になるまで」

2017/06/01

主の御もとに身を寄せ、恥に落とさないでください、助けてください、逃れさせてください、救ってくださいと懸命に祈る。この祈りはこの時ばかりの祈りではない。母の胎にあるときから寄りすがり、若いときから、そして老いて白髪になっても、祈り続ける。生涯続ける祈りだ。この祈り手に具体的に何が起きたのかは分からない。しかし、誰かに苦しめられていたのだろう。私たちも祈ろう、生涯かけて。神は必ず救ってくださるから。
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テモテへの手紙二2:1-13「キリストの恵みによって強くなろう」

2017/05/28
さがみ野教会の前身の栗原伝道所は1976523日に開設記念礼拝を献げました。毎年、ペンテコステ(聖霊降臨の主日)の礼拝をさがみ野教会の設立記念礼拝として献げてきました。今年は来週です。来週、さがみ野教会は41周年を迎えます。つまり、今週までが40周年ということでしょう。今朝ここで礼拝を献げている私たちも、栗原伝道所・さがみ野教会の40年の歴史に連なっています。今朝私たちに与えられているテモテへの手紙は、使徒パウロが若い伝道者テモテに宛てた手紙、牧師としての心構えを書き送った手紙です。2節にこう書いてあります。「多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人々にも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい。」テモテは伝道のことでいろいろと苦労していたようです。そういうとき、得てして私たちは孤独になる。パウロはテモテに言います。あなたの周りには、神のために忠実に働く同労者がいるではないか。彼らに委ねなさい、と。パウロからテモテへ、テモテから新しい同労者へ。テモテはそういう福音伝道の連環の中にいます。パウロはテモテに教会を見せようとしています。教会の仲間たちを。彼らを愛し、信頼して、共にキリストに仕えようと呼びかけます。昨日、日本中会の召天者記念礼拝がありました。平尚紀伝道師が説教しました。聖書は「私はまことのぶどうの木、あなたがたはその枝である」という主イエスの言葉でした。ご実家のとなりにあるというブドウ畑を紹介しながら、新しい枝は古い枝につながって、幹につながっている。私たちも、既に亡くなった先輩につながることでキリストにつながっている。そうおっしゃっていました。なるほどと思います。ただ、既に亡くなった方だけではありません。すべての先達と後進につながることで、私たちは一つの大きな木として実を結びます。これまでの41年間で、栗原・さがみ野教会には総計102名の教会員が名前を連ねました。逝去者や転出者を含みます。そのすべての枝々が互いにつながることで、私たちはキリストと一つにつながる。11から13節は2000年前の教会の讃美歌の歌詞と言われます。「私たちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる。」これは、洗礼のことを指しているようです。洗礼を受けて、私たちはキリスト共に一度死んで、キリストと共に新しい命を生きるようになったのです。洗礼を受けたあなたは今キリスト共に生きているし、洗礼を受けていない人は、この新しい命に招かれています。あるいは他の教会のメンバーのままここに来られている方も、この教会で、ここで、共にキリストの枝として生きていきましょう!教会では、ときに、躓くことも起こります。テモテも何かに躓いていたからこそ、パウロがわざわざ手紙を書いたのかもしれません。パウロがテモテに思い起こさせた讃美歌ではこう歌っている。「私たちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。」誠実と真実は同じ言葉です。信仰とも訳せます。私たちは不誠実で不真実で不信仰でも、キリストは誠実、真実、信仰を貫いてくださる。それは確かです。改革者ルターは毎日神の前に悔い改めようと言ってあの改革運動を始めました。神の前で毎日悔い改めて、新しくしていただく。絶望するしかない私たちであっても、悔い改める者をキリストは新しくしてくださる。それが教会の歴史です。ここに私たちのしなやかな強さが生まれます。  [続きを見る]

詩編第70編「人間関係に悩む者の祈り」

2017/05/25

人間関係に悩む者へのアドバイスとして聞いたことがある。夜の祈りの具体的な勧めであった。あなたを傷つける人を思い出して、その人を思いながら使徒信条を唱える。一つひとつを、神がこの人のためにしたのだと確認をするのだ。この詩編の祈り手は人間関係に悩み、激しい言葉を口にしている。しかし、彼の逃れ場は主なる神であった。早く私を救ってくださいと神に祈る。神の歴史を貫く大いなる救いを仰ぐとき、神の助けに気付く。
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